加藤諦三青春文庫シリーズ

著者:加藤 諦三

インプレスR&DとPHP研究所が協業で名作を紙書籍として復刊! 第一弾は、加藤諦三の青春シリーズ 『ああ青春』など7タイトルを同時刊行!

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株式会社PHP研究所と協業で名作を紙書籍として復刊します。
第一弾として、PHP研究所・電子出版部が電子書籍として復刊した「加藤諦三青春文庫シリーズ」から「ああ青春」、「青春相談室」など7タイトルを発行いたしました。同タイトルは加藤諦三氏のデビュー作シリーズとして、長年親しまれたものの、現在では書籍としての入手が困難となっているものです。今後も順次タイトルを増やしていく予定です。

【著者・加藤諦三の復刊に寄せてのコメント】
「七十代になって人生経験を積んで情緒的に成熟したからと言っても、もう決して書けない著作がある。 それが20代の若い時代に出版した未熟だけれども熱い著作である。
それを読み返してみると傷つき悲しみ絶望し、それでも「我が青春に悔いなし」と言う青春がある。絶望が希望へと続く、びっくりする輝く青春がある。青春は誰もが必死で生きていたことが分かる」

<<内容紹介>>
『ああ青春』
理想をいだいて高校に進学したが、重苦しい大学入試という壁につき当る。初恋し、友情に泣き、ほんぽうな生活を送るが、現実はきびしい。失恋し、親友に裏切られ、入試に失敗。泣き虫で、自殺までしようとする。この中に出てくる人々は僕や僕の友人の身代りであると同時に、誰もが通過する十代の悩みである、と著者は語る。
希望も夢もふっとび、ただ切なく苦しい。体験を通じて語る放浪記。

『青春相談室』
“誰もが傷つくことなしに、青春をすぎていくことはできない。そして、その傷がふかく苦しみが大きければ大きいほど、そのあとの再生もまた素晴らしい。その傷の深さは再生の輝きに比例する。しかし、如何に傷の痛みは再生のための陣痛であるとしても、その痛みに敗けてしまってはならない。その痛みに耐え自らを変革し得た時、再生の日がくるのである。”(著者のことば)
全国の男女高校生の進学、異性、学校、先生、友情等の悩みにズバリ回答。

『青春ノート』
“他人から好意を得ようとすれば疲れる。他人からの好意は自然の流れにまかせることである。自分の側から努力することは、自分が他人に好意をもつことである。どうしてそんなに嫌われることを恐れるのだ。この本に書いてあるのはみんなそんなあたりまえのことばかりである。”(「はしがき」より抜粋)
若者はいかに生くべきかを示す書。

『青春の怒涛』
“他人が自分をどう見るか、それだけになってしまったら、人生は何と貧しいことだろう。私はこの小説のなかで、そんなことを拒否して生きる主人公を書いたつもりだ。又、随筆の個所でも、表現の形式はちがうが、いいたいことは同じである。”(「まえがき」より)
「われわれは如何にしたら自己疎外から脱することができるのか」をテーマに、小説と随筆の形式でまとめられた書。

『青春論』
“たえず退屈からのがれようとしている。しかし退屈からのがれようとして、一生のがれることができないでいるのが、現代人の姿であろう。この本が人生の退屈を脱出するための助けになるとすれば幸いです。”(「あとがき」より抜粋)
青春について、女性について、愛について、若い世代にぶっつける体当たり青春論。

『高校生日記』
今、きみたちは自分がどんなにすばらしい人生の時代に生きているかに気がついていない。残念ながら、人は青春が過ぎ去ってからでなければ、青春がどんなに美しいものかを知ることはできないのである。十代のときには、なにかに感激してホロホロと泣くことができる。しかし、年老いてからでは、うれしさをおさえきれずに肩をふるわせて友達と抱きあうことができない。”(「高校生に告ぐ」より抜粋)
かけがえのない青春の記念塔ともいうべき日記。著者自身の中学、高校時代の告白記。

『我が青春に』
“現代人の「生」をささえているものの原理はなんだろうか。僕はそれは「欲」だと思う。だが、真に人生をささえるものは、「情熱」であって、けっして「欲」ではない。現実の利害得失を無視したこの純粋な情熱によってこそ、人は真に幸福を勝ちとることができるのだと思う。”(「まえがき」より抜粋)
小説と青春論を同梱した新しい形式の書。

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発行社:PHP研究所